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四国横断、退職記念旅(2008.06.12〜14)

先月末に「契約打ち切り通告」を受けて、職を失ってしまいました、現在プータロー状態であります。。
ほとんど解雇通告なのですが、一応休暇が1月分ほど残っています。
で、この余剰時間を利用、記念(首なのに記念というのも変なのですが、まぁそういうものです。)旅行とすべく2泊3日で四国へ行って来ました。

行程は左の地図の通り・・・、絵はクリックで大きくなります。

今回は、距離と時刻の記録を取るために絵のように到着出発時に車のメータをカメラで撮って残すことにしました。

これで、写真を閲覧するだけで移動にどのくらいの時間が掛かったのか、一つの場所に滞在した時間なども正確に記録する事が出来たはずです。

たまに撮り忘れがあるので所々歯抜けがありますがご愛敬ということで・・・

1.出発
6/12 朝8:00、一路四国へ向けて出発です、今回は距離が遠いので事前にお勉強して、だいたいの目安となる滞在時刻を設定してこの行程に従って動くように計画を立てておきました、普通はこういうのはせずに行き当たりばったりで行くんですがこの方がハプニングがあったときに安全であったりします。

2.往きの道中
彦根ICから名神に乗り込みます。
往きの巡航速度はやや早めで100km/h程度にして走行、立ち寄る場所での時間を稼ぐことにしました、普通車ならもう少しスピードを上げて動くのだが軽四なので無茶はしないと固く誓って走ります。

約1.5時間ほど走って中国道「名塩」で小休止、トイレ&喫煙タイム、時間がもったいないので10分ほどの休憩で先を急ぎます、さらに1時間ほどで「明石海峡大橋」へ到着、この日は天気も良く眺めが抜群なのでここでもちょびっと車を止めて初夏の空気を吸います。

3.大塚国際美術館
さらに、1時間ほど淡路島の上を高速に乗って走り抜けると「鳴門北IC」へ到着。
やや北上して、大塚国際美術館にたどり着く、時刻は11:55、8:00に家を出て約4時間で第一目的地に着きました。
入場料を3,150*2を払って(高いなぁ・・)時間も来ているので、ここのレストランで昼食を採ることに・・・、わたいは鯛飯奥さんは○△※※なんや忘れた、どちらも1,000円程度で良心的です。
ここは大塚製薬が400億掛けて1998年に造った美術館です、昼食後早速館内の見学を始めるが、美術の知識はゼロに近い、@500円を支払って音声ガイドを借りて順路に沿って歩きました。

ピカソ・モネの名前は知っているが、ルネサンスなどといった言葉には反応出来ない、それでも音声ガイドに案内されて2時間ほど見て回ったのでした、うーん良さが解らない。

15時を回り、予定の時刻を過ぎたので美術館を後に・・・、帰ってレシートを確認すると何と2個借りたはずの音声ガイドの料金を500円しか払っていないのに気づく、まぁえっかぁ(笑)。

4.ホテルへの道
鳴門北ICから松山を目指します。
板野ICまで高速、ここで一旦高速を降りて、藍住(徳島自動車道)ICまでは下道を走ります、鳴門北IC → 徳島ICへ向かう道もあるが遠回りになりそうなので送迎の運転手さんに確認してこちらを選択しました。

途中吉野川ハイウェイオアシスで小休止、ここはお風呂が入れるので、ハイウェイオアシスの名前を付けているようだが、内容的にはちょっとした休憩所程度、10分ほど休憩して出発。

残り130kmほどの距離にある道後温泉を目指します。
徳島自動車道・松山自動車道を経て松山ICで高速を降りる、残り7kmほどの下道を走ると道後温泉へ行き着きます。
奥さんが前日に確認しておいた、ホテルへ電話を掛けると簡単にツインの部屋を取ることが出来ました。

5.外湯から夜の道後。
「ルルブ」を見ながら、温泉を探す、奥さんは地図を見ていると、縮尺確認で道後温泉本館から200mほどの距離にそのホテルはあるというので周辺を探索する。

しかし無い、だがあった。何と道後温泉本館の真裏、道を隔てたすぐそこではないか、200mでは無く20mだったのねぇ(笑)。

このホテル、ビジネス系のホテルではあるが、改装直後で綺麗で気持ちが良い。
時刻は既に19:00、とりあえず食事だ、ぶらーっと外を歩いたがあんまりこれはと思うところもない、敷地内にある「鮨丸」というホテル提携の食事処が良さげなのでここに決定。
わたいは「乾杯セット」なるビール・枝豆・手羽唐揚げ3本で1.050円を注文、よけいなものを付けないセットがこれまた気に入った、さらに生ビールを追加して食事終了。
その後、隣にある温泉本館で外風呂参り、料金400円も良心的ではある。
風呂から、上がって夜の温泉街をぐるーっと一回り、ふーん道後温泉ってこの本館を中心にこじんまりとした温泉街だったのね、40年くらい前に一度道後温泉に来ているのだがそのときは、旅館で飲んで騒いでそのままダウン、朝起きて即バイバイの社内旅行だったので何も覚えてなかったので、今回はある意味道後を満喫した旅となりましたです。

6.松山城から坂の上の雲ミュージアム。
松山は、15万石のお大名、愛媛へ来たなら是非松山城天守へ上ってみましょう。
松山城の創建は加藤嘉明、26年の歳月を掛けて完成するが、完成途上で会津藩に転勤している、武勇だけではなく、築城や城下町の建設などにも力量を発揮した政治家で愛媛での評価は高いものがある。
2002年に築城400年祭が催されているが、そのときのマスコットキャラクターがこの嘉明であり、「よしあき君」として今も城のあちこちで歓迎してくれます。


右は、「坂の上の雲ミュージアム」。
平成19年4月28日に開館、司馬遼太郎原作の「坂の上の雲」に基づきミュージアムが構成されている、正岡子規、秋山好古、真之の松山出身の三人を主人公に関連する生涯をこのミュージアムに見る事が出来ます。

7.砥部町焼き物の里。
松山城周辺を散策後、時刻は12時をやや回ったところ・・・、ちょっと時間があるので焼き物で有名らしい砥部の町を訪ねることにしました。
距離にして15km程度、下道を南下して砥部を目指します、約半時間で到着です。
しかし、この町のドライバー達は荒い運転がお好きな方が多いですなぁ、大阪や京都のまなーに近いと感じましたがどうなんでしょう。
こちらは他府県から来ているので道が不案内です、少し前を開けて走っているとすかさず割り込んできます、おいおいもうちょっと他府県ナンバーを大事にしてやってよってのが本音です。
絵は、砥部焼き観光センターの正面、中には砥部焼きの販売や記念絵付けや粘土作り体験が出来る工房が準備されており時間があればそういうものも体験すると良いかも。

ちょうど昼時だったので、センターに向かって右側にある、喫茶&レストランで昼食「かき揚げそば」を注文しました。 かき揚げそばなのでどんぶりでかき揚げが乗って出てくると思っていたのですが意に反して、かき揚げと冷そばでした、食器類は全て砥部焼きで出されてきて料理は器からというのをあらためて感じさせてくれました。
本来なら窯元巡りというのも、コースに組み込むと楽しめるのかも知れませんが、なにぶん時間がふんだんにあるわけでありません、ここでは砥部焼きのさわりだけかじって先へ進みます。
8.しまなみ街道。
砥部を後にして、松山から高速へ入る、案内板は左:宇和島・右:徳島、思わず宇和島という言葉に吸い寄せられてしまった。
そうです、目的地と逆行して高速に乗ってしまいました、次のインターの伊予ICまで来て直前まで来て係員と交渉しようと車を降りたところ、敵もこちらの意図を解ったらしく手前でUターンせよとわざわざ出てきてくれて身振り手振りで教えてくれる、深々と頭を下げてUターンさせて貰い、今度は順調にしまなみ街道を目指して発進することができた。

伊予ICから約1:20でしまなみ街道入り口まで来ました、最初のパークエリア来島海峡SAで車を止める、景観はかなり良いが観光客はちらほら、金曜日平日の昼下がりではこんなものかな。
しまなみ街道では、景観を求めてちょこまかと島々で降りて刻むことにした、本当は高速じゃない下道で通り抜けられたら最高なのですが、大島をパス次の伯方島で降りる、ここは伯方塩で有名、左の絵のマリンオアシスはかたで休憩、地元のご夫婦としばし歓談。
この島では潮の流れが速くあまり知られてはいないが、渦潮が時間帯で発生するらしい?見てみたかったがこの時間帯ではムリということであきらめる。

右は、大三島で降りて道の駅 「多々羅しまなみ公園」から多々良大橋を眺めているところ、天候もよくすばらしい眺めでした。
しまなみ街道の締めくくりは因島北端に位置する大浜パーキングエリア。
最後のパーキングエリアらしいので走行中突然入って見ましたが特にめぼしいものもなく、再発進しました。
刻みまくって降りたり上がったりでせわしない状況でしたが、景観は充分堪能することが出来ました、ただし観光客は少なく何処へ行ってもちらほらと人影がある程度です、うーんもったいない設備です、みんな四国へ行こう・・・

そうこうしているうちに、向島ICへ到着、料金所だ。
「あれっ!本線が消えたぞっ!!」、料金所の係りの人に聞くと「有料区間はここで終わりです」ということで「しまなみ街道」全走破完了です。

9.尾道で宿泊。
北島三郎が歌った「尾道の女」という曲名が頭にこびりついている、「函館の女」の続編ということもあったのか一度は行ってみたいと思っていたことがとりあえず、実現した。
駅前で車を止めて観光案内所へ飛び込む、街の中心で適当なホテルはと聞くと「尾道ロイヤルホテル」を紹介してくれたので早速電話を掛けて確認、ツインok・駐車もokということなので予約を入れて、パンフを見ながらホテルへ直行、チェックインして時刻は18:30である。
とりあえず食事、ぶらぶらと街中を散策してこぎれいな鮨屋(商工会議所のとなり、名前忘れた)を見つけて入る、絵の上にぎりとビール大瓶を注文、さすがにうまいさらにビール1本とオコゼの唐揚げこれも美味でした。
その後、ぶらーっと駅前辺りまで徒歩で散策、左の夜景は「新尾道大橋」のライトアップです。

10.千光寺展望台散策。
尾道は坂の街、街の後ろはすぐに山が迫り平地の部分は少ない。
朝7:30(ちょっと早すぎるんとちゃう?)、山の中腹に千光寺公園があるので徒歩で出かける、絵は展望台から「新尾道大橋」付近を見下ろしています。
広い公園内は、整備が行き届き「文学の小道」を歩くと岩に正岡子規・林芙美子・芭蕉などの作品が彫り込まれていてお勉強になります。

朝食は、ホテルの食事は@1,000円と高いので夕べのうちに近くのコンビニで仕入れておいたパンと牛乳で済ましておきました、かなり安上がりです。
その後「海福寺・浄土寺・西国寺・大山寺・千光寺・天寧寺・持光寺」など尾道七仏巡りのコースがあるがそのうち天寧寺と浄土寺を訪ねて古寺巡りは終わり。
あと、映画資料館と歴史博物館も旅の土産にと盛り沢山に歩きました。
時刻は11:40となっている、チェックアウトを済ませ、帰途に着くことにした。

11.尾道ラーメンが喰いたい。
夜の街を歩いていたら、尾道ラーメンが妙に気を引く是非食べたいと思っていたのだが、ちょいと疲れが出てきた。
時刻は12:00を回っているので帰り道にあればと思い、国道2号線バイパスを東へ車を走らせるが、産業道路でレストランさえ見つけられない、ラーメンはあきらめてレストラン探しのために福山西ICをパス、さらに東へバイパスを走る。
結局福山東ICまで来てしまったのでここで高速に乗ることに決定、取付道路へ入ると直後にJorryPastaなるお店を発見、腹が減っていたので考える余裕もなくお店に吸い込まれる。
で、右の絵は頼んだ「ペペロンチーノ」です。
ここで、真ん中にある唐辛子も普通に食えると思って口に放り込んで噛み砕いたのが運の尽き、一般的に辛いものを食べたとき「口の中が火事」とかいう表現をしますがそんなもんじゃ無い。
舌はもちろん口中の歯肉・頬の内側全域を針で刺されたような激痛が襲う、たまらず水を含んで冷やすが収まらない、トイレへ駆け込んで口をゆすいでやや和らいだが、5分ほど物も言えず涙が出まくる、何ともひどい目に遭いました(笑)。

12.帰りの高速道。
福山東ICで高速に乗り、帰宅のパターンに入ります、土産をあんまり買わなかったので吉備SAでおみやげを物色、何と先ほどあきらめた尾道ラーメンを奥さんが見つけてくれました、ちょいと喜しい。

時刻は14:20、ナビを確認すると残りの距離は260kmほど帰着は18:00頃となっている、先を急ぎます。
ところが、中国道 西宮北〜宝塚間で事故渋滞発生、絵の通りじわじわとしか動かない状態です、結局半時間程度の時間ロスの後やっと動き出しました。
旅の最後は大津ICで休憩、19:20我が家へ帰着しました。
車に乗りづめの3日間でちょっと疲れましたが、無事に帰着、まぁ全体的に楽しく見聞を広めることが出来ました。

13.完了。
軽四で都合、993kmの旅、目的地ではどの地でも歩き回り、夜は夜で街の中の散策、車に乗りまくり、歩きまくりの旅でした。
おかげで足腰がいまだに重い、でも食事はそれなりに地元のうまい物が喰えたと思います。

今回の旅で撮った絵をアルバムしました、全部で180枚程度3ページに渡っています、お暇なら眺めてやってください。
もう少し、休養の日が残っています、このまま埋もれていても仕方がないので頑張って精力的に職探しをします。
何とかうまく職にありつけると良いのですが・・・

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